『そういう病気』 食人賞

腹が突然割れる。腹筋が割れるという意味じゃないよ。裂けるんだよ。そこから中身、つまり内臓やらの赤いものが見えるんだよ。
それは病気らしい。その話をしてくれた彼もなぜそうなるのか、詳しくは理解していないようだった。彼は腹を見せてくれた。それは盲腸の切除手術跡のようなものであった。
僕は信じた。なぜ信じたか。それは、同居人である彼を、心底、信じていたからだ。彼は、僕を救ってくれた。いきさつは誰にも話したことはないし、これからも誰にも話さない。僕も彼もお互いのことを完全に理解しあっていると僕は理解していた。彼は、僕にとって神のような存在だった。筋細胞が、秩序を保てなくなって裂けるのかな、と僕はなんとなしに理解しながら、あいづちをうった。
一緒に夕食をとっていたときの話だった。
その後、ウトウトしてきたので、電気をつけたまま仰向けに寝ていた。
突然、覚醒した。なにやら湿っている。シルクのパジャマは赤く染まっていた。すぐに先ほど彼から聞いた話を思い出したので、自分の身に降りかかったことに、別段、驚かなかった。それどころか、彼と同じ病気かと思うとうれしかった。僕の部屋は時計を置いてないし、黒いカーテンが閉まりきっていたので時間は分からない。
動いたらまずいな、と直感し、そしてゆっくりと理解していった。その場で様子を観察することにした。ゆっくりと頭だけを持ちあげ、腹を見る。パジャマのボタンをはずす。意外と吹き出るようなものでもないのだな。
自分の中身を見るというのは、自分を知るいい機会であるから、よく観察しておこうと思った。なぜそんなことを思ったかと問われても、僕の育った環境がそうさせたとしか言いようがない。それ以上は、彼とのいきさつを話さずには説明できないからだ。
まず、頭をベッドの背もたれにもたげて固定した。15cmくらいかな、綺麗に縦に裂けているが、ナイフで切り込んだようになってるため、中がよく見えない。ちょっと広げてみた。よく分からない。試しに取り出してみるか。いや、取り返しがつかなくなるな。今ならまだ間に合うな。でもいい機会だから、取り出してみようか。いい機会だから。
裂けた腹のところは直腸から小腸にかけた部分だ。彼の跡と大体同じとこが裂けてるな。うれしかった。
小腸って長いらしいよな、ちょっとだけなら取り出しても戻せるな。そう理解し、ちょっとだけ取り出してみた。
感触はさして感動するようなかものでもなかったし、目で見てもなんだかよく分からないだけだった。
ただ、それは元に戻せなかった。小腸って有機的なパズルみたいなんだなと理解した。どうやら取り返しがつかないみたいだ。せっかくだから、もう少し色々取り出してみようかと思ったが、取り出したときにたくさん出たらしく、もう力が入らなかった。
彼が僕の部屋に現れた。彼の輪郭は、ぼやけていた。だが、彼だ、分かる。彼は、取り返しのつかない僕の腹を呆然と、しかし静かに見ていた。
「取り返しがつかなくなってしまった。せっかく君が話をしてくれたのに。」
彼は、泣いていた。分かる。
「せっかくだからよく観察してくれよ。」
彼は首を縦に振った。
「それから、できるならバラバラでもいいから、キレイに保存して一緒にいさせてくれるとうれしいな。」
彼は首を横に振った。かすんでゆく目線を彼の指先に送ると、なにかを持っていた。
それは細長く、先がいくつかに分かれているようだ。光を反射してキラキラしていた。
「それ、キレイだね。」
彼はやっぱり僕のことをよく理解していたようだ。それでこうなったんだなと理解した。うれしかった。
僕は、彼にみとられるのを至上の幸福なんだと思うと、さらにうれしくなった。